君に出会わなければ
「君に出会わなければよかった」
ふいに口から零れ落ちた言葉
コップが水を受け止めきれず、自然とあふれ出すように
己の唇から紡がれた言葉
人の縁は貴重だ
人との繋がりは奇跡だ、そして尊い
人はひとりでは生きてはいけない
人は他の誰かに支えられて生きている
だから出会いに感謝を
つながりに感謝を
出会ってくれてありがとう、傍にいてくれてありがとう
いつもはそんな言葉が溢れてくる
感謝や愛の言葉を紡ぎたくて仕方がない
でも時々、まるで心の叫びのように溢れ出て、ぽつりと唇から紡がれる負の言葉
「君に出会わなければ、よかったのに……」
君に出会わなければ
君を傷つけることはない
君を悲しませることはない
君を怒らせることも、君を呆れさせることも
君を不快にさせることもない
大好きで大切な君に、酷いことをすることもないのに……
……いや、違う
君に出会わなければ
傷つくこともなかった
悲しむこともなかった
不甲斐ない自分を知って絶望することも、憤ることもなかった
……自分を、大嫌いになることもなかったはずだ
君と出会わなければ
君のことを想い、苦しむことも、悩むことも、悲しむことも、絶望することもなかった
君から拒絶される恐怖
自分自身を拒絶する恐怖
そんなものにビクビクする日々なんてなかったはずだ
だから君と出会わなければよかった
出会わなければ「幸せ」だった
本当に?
違う、そうじゃない
「出会わなければよかった」と呟いた瞬間
それを上書きするように君との思い出が蘇る
たくさん笑って楽しかったこと
たくさん遊んで嬉しかったこと
たくさんの言葉で、行動で支えてくれたこと
苦しいときに傍にいてくれた、嬉しいときに傍にいてくれた
ひとりじゃないことを教えてくれた
生きることが楽しいって教えてくれた
そのままでいいって教えてくれた
成長しなさいって叱ってくれた
頑張れって背中を押してくれた
大丈夫だよって抱きしめてくれた
「君に出会えて、よかった……」
矛盾
でもどちらも本当の……、自分自身の素直な感情だ
君はとても大切な人だから
君はすごく大好きな人だから
嫌われるのが怖いから、失うのが怖いから
大好きを向けてもらいたいから、ずっと傍で笑っていたいから
君に出会わなければ悩むことも苦しむこともなかった
でも君に出会わなければ、君と過ごす幸せを知ることはなかった
あの子に出会うこともあの人に出会うこともなかった
君に出会わなければ自分を嫌いになることはなかった
でも君に出会えたから、たくさんのことを学んで成長して、自分を好きになれた
「……ありがとう」
きっとこれからも幾度となく、この矛盾がやってくるはずだ
でも、それが人間だから。それが、私だから
君に出会わなければよかった
でも、君に出会えてよかった
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